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怒(ぬ)!

日曜日、私は夫に怒った。

スーパーの駐車場で、一つのスペースに私の運転する車ともう一台の車が、どちらが入ってもおかしくないような状況になった。
私はいつも譲る、夫はいつもスペースを確保する。
なので、夫が一言。
「トロッ」

実際、私が状況判断をしているうちに、時間が流れていくのはよくあることで、自分でも自分のことをとろいと思っていた。

ところが、この日はムムっときた時に、もう一人の私が頭の中で「今怒るのだ」と後押しした。
で、「いーでしょ」。
どうやら、私の怒りの決まり文句は「いーでしょ」らしい。
「私はとろいのではなく、譲ったのだ」とでも言えたらスマートだな。
夫は言い返さず、私も1分後にはすっきりして、その後は普段通り買い物を済ませた。


話は変わって、
私は、急発進、急ブレーキ、車間距離の短い夫の運転にいつもハラハラ、イライラしていた。
そして、一緒に乗っているだけで、私が恥ずかしかった。
夫の運転で私が恥ずかしいとは、まるで、私の挨拶を気にする母のようだ。
夫の運転は怪しいが私の運転は完璧だと思っているかのような私もいた。

これは、おかしい、何か違う。
夫の運転と私は関係が無いし、私が一人でストレスを溜めているだけだ。
夫の運転はそのまま尊重し、私は気を揉まない、これがやっと最近わかった。



私はどこまでが自分で、どこからが夫か区別がつかない状態でした。
ジョン・ブラッドショー著「インナーチャイルド」によると、共依存に見られる心理状態だそうです。
共依存については、私は自分の状態がよくわかっていません。

ジョン・ブラッドショー著「インナーチャイルド」、P43
自己の感覚を持っていない人には、他人と親密になることは不可能なことです。あなたが自分が誰であるのかを本当に知らないのに、どのようにして他人とあなた自身を分かち合うことができるのでしょう?あなたがあなた自身のことを知らなければ、いったい誰があなたを知ることができますか?

とても心に響いた文章でした。
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いろいろと感謝です

まず、私の心が病んでいると気付けたこと。
気付いたがために、苦しい事はたくさんありますが、
私は幸せという思い込みを信じていた頃、
その思い込みのせいで、自分の心を見ないようにしていた頃に戻りたいとは思いません。

専業主婦という、思いっきり悩める環境があること。
経済的な心配がなく、一人になれる時間と空間があることは、とてもありがたい。

私を受け入れ、私の回復を願う人々がいるということ。
心に傷を負っても、回復すると信じられること。
コメントいただけること。
いつも励まされています。

これも心配か

着物の着付けを習うにあたり、
着物はとりあえずレンタルで、帯は実家から借りようかと思っていた。
さらに、基本の着付けセットには足袋と腰ひもは入っていないので、
自分で用意するように言われた。
簡単着付けは、腰ひもを使わず、伸びるベルトでパッチン式、簡単便利です。

ということで、私に渡せる物があったら送って欲しいと、実家に電話をした。
まさかとは思っていたが、予想していた答えが返ってきた。

「着物を着る趣味があった?どうせ着ないから止めておけ。」

今回は、多少の怒りを感じ、言い返した。
着物を着る機会を作るのは私、私が習いたいのだから良いではないか、と。
それでも、電話を切った後は悲しかった。

こう、あからさまに、おまえには出来ないと言われて育ったのかと思った。
母から認めてもらえず、誰も私を認める人はいないと思い込んでも、
一番望んでいるのは、母に認めてもらうことなのだろうか。。。
私は、とっくに諦めているが。

母の言葉には、楽しむなというメッセージも含まれている。
私が小さい頃から、母の態度で、人生とは我慢することと学んだが、どうやらそれは間違っていたらしい。
こんなことを繰り返すうちに、母に自分の希望を言う事を止めてしまったのかもしれない。


最後まで、無駄なことをしているよという口調だった母だが、
帯、腰ひもだけでなく、こまごまとした物も送ってくれると言っていた。


夫は「いいんじゃない」と賛成してくれていた。
母に自己主張もできた。
また、孤独感に襲われたが、
一歩前進したと思って、自分を褒めてあげよう。

心配

夏休みに夫と一緒に私の実家へ帰省した。
帰りの日、お盆の入りの日だったので、お墓参りをしてきた。
父と母の先祖の墓は、偶然、同じ菩提寺で一度にお参りできる。
父方のお墓参りを済ませた後、母方のお墓へ行くと、ちょうど叔父叔母が来ていた。
お線香をあげ、少しお話して別れて来た。

家に着いてから、母へ電話をして、叔父叔母に会ったと伝えたら、

「ちゃんとご挨拶できたの?」

私の時間は一瞬止まった。
今までしてきたように、「はいはい」と言って、流すことしかできなかった。

母のこの手の会話は小さい頃から、何度も繰り返されてきた。
非難めいた口調で、「あなたのやることなすこと心配でしょうがない。」というメッセージ。

そこから私が得たものは、
私は信用されていない、それは私がダメな子だからだ。
何もできない子どもなのだから、自立するな。

心配には、本当に私のことを思って言ってくれているという嬉しい心配と、
今回のように、私のことを思っているようでいて、
私の挨拶で母の価値が決まるかのような自分の心配、
私にとっては有難迷惑な心配があると思う。

そんなことは、小さな子どもにはわからない。
初めの頃は抵抗もしたと思うが、私は居心地の悪さから早く逃れたくて、
「はいはい」と返事をして姿をくらますという方法で切り抜けてきた。

電話から3日経って、ようやく、この時の会話の意味が飲み込めてきた。
さらに3日経って、やっと、私が信用されていないことに対する怒りがわいてきた。

他人の怒り、自分の怒りを恐れていた私には、怒りを感じただけですごいことだ。
今の私は、怒りを感じて嬉しい。
なんか変?いえいえ、私はそう感じるのです。
この怒りをどう表現するかは、まだ先の話。

お客様

今日、午前10時に約束をされたお客様、
この家に住んで一年、お客様が見えるのは初めてです。
きものの着付け体験講習の先生がおみえになりました。
以前なら、お断りするのに膨大なエネルギーが必要だったので、
約束をするなんてありえない事でした。

とても感じの良い同年代の女性で、話がはずみ、
お帰りは午後3時過ぎ。
初対面の方と、こんなに長くお話をして疲れなかった、
しかも、楽しかった、これは初めてのことかもしれません。

え~、着付けを習う事にしました。
着物が好きだったのと、教室のシステムが気に入ったので。
外に働きに出ようと思っていたのですが、
可能性は少なくなったカモ~(^^♪

「御主人に正直に話しますか?」
と聞かれ、
「そのつもりです。」
と答えたら、
「どのご家庭も金額は少なく申告してますね。」
と。はは、確かに、反対されてもおかしくない金額です。
私は今日の体験講習も内緒にしてあったのです。
どうしましょ~。
でもルンルンです。

プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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