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お仕事

私の仕事は、ホテル宴会場の配膳サービス、後片付けと次の宴会の準備です。
わからないことは、素直に聞くよう努めていますが、この間、
「これでいいんですか?」
と聞いたのです。
文字にすると、強烈・・・

帰ってきた答えに、毒を感じたのです。
その時は流しましたが、夜、よくよく思い返してみると、「間違っているんじゃないんですか」という心が隠れていました。
上から目線のやなやつ、と受け取られても仕方がない。
私が正しい、あなたは間違っている、という姿勢が、知らず知らずのうちに出ていて、がっくり。
「私は正しい」、の奥には「私を認めろ」または相手を従わせたい、この思いが潜んでいるような気がします。


仕事を始めて2か月がたち、名前と顔が一致する人が増え、私の名前も覚えてもらい、もう、私が否定されている、拒否されているという感じは受けなくなってきました。
苦手だと思っていた人は、私を否定してはいない、そう思えます。
これは、時が経ち、その人のよい面も知ったせいなのか、私が考え方を変えたのか、私が変わったのか、よくわかりませんが、まだ「やめてやる~」とは思っていません(^^)
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好きな食べ物

しつこいようですが、思い出して嬉しかったことがあったので、また書いてみようと思います。
小さいころの記憶がないと思っていましたが、出てくるものです(^^)

私が10歳ころ、毎週土曜日は午前中の授業で終了し、家で昼食でした。
家に着くとお使いを頼まれ、500円札を握りしめて50mほど歩くとお肉屋さんに着きます。
「コロッケ10個ください」
このお肉屋さん、休日の昼間はコロッケとメンチカツを買う人でいっぱいでしたが、お店のおじさん、おばさんは私の顔も名前も知っていて、気軽に声をかけてくれました。
揚げたてコロッケを持って帰ると、千切りキャベツの乗ったお皿が用意されていて、あつあつのコロッケを家族で食べました。
父は仕事でいなかったのですが、夜食になったりしたんでしょう。
そのコロッケがおいしかった~。
コロッケは、面倒くさいので自分では滅多に作りませんし、あのお味は出せません^^;
食べたくなると買うのですが、あのお肉屋さんのコロッケにかなうものはありません。
中身はジャガイモとひき肉に限ります(^^)

コロッケと言えば、物まね上手なコロッケさんも大好きです。

これが普通?

火曜日の夜、私は仕事を終えて帰宅は9時でした。
昼間は睡魔に襲われ、昼寝をしたので、夕食の支度をしておらず、「さ~やるぞ~」と意気込んでいたところへ夫が帰宅。
そこで、聞いてみました。
「これから作るから10時ごろのご飯だよ。何かおいしいものを買いに行く?」
帰ってきた答えが、それもいいけど、ダーちゃんを一人にするのがかわいそう。
ということで、私が食事の支度をしている間、夫は数日置きっぱなしにしてあった洗濯物をたたんでいました。

以前の私なら、
9時過ぎに帰ってきた時点で、なんで今日は早い帰りなのかと、夕食ができていないことを夫のせいにして、
今日は早いわね、すぐ作るから待ってて~
夫に洗濯物を畳ませている自分を責め、
後で私がたたむから置いといて
なんてダメな主婦と、自分のことを思っていたでしょう^^;
夫が帰ってきたら、すぐに暖かい食事を出すのがいい主婦だと思っていたので、夫が会社を出る時に電話をするようにお願いしていました。
自分が勝手に決めたいい主婦をするために、夫に命令していたのかと思います。

ダーちゃんをお留守番させるのがかわいそう、と言われたら、私は外出してはいけないのかと思ったでしょう。

夕食を、自分を責めずにやるぞ~と思いながら作り、
洗濯物をたたんでくれてありがとうと思い、
なんだか、とてもすっきりした夜でした。

時々、夫に対する自分の発言にハッとします。
無意識に支配、先回りしていたと気が付くのですが、夫はさ~と流すので、謝りそこなっています。

お仕事

仕事を始めてみて、最近気が付いたこと、
できる人を演じようとしていました。
私基準のできる人ですから、自分で基準を作り、そこに自分をはめ込んでいました。

社会人になりたての頃、私基準に達しない自分をダメだと思い、自分をダメ人間だと確認していました。
まったく無意識でしたね^_^;

自分で、自分をできる人の型に入れるという、一人相撲をしていたんだと気が付いちゃったんです。
その、できる人というのも、トンチンカンなできる人かも、ハハハ^^;

仕事に限らず、人と接する時は、いつも理想像に自分を合わせようとしています。
ありのままの私を知られないように、できる人、いい人という私が作った鎧を壊されないように、他人と距離をとっているのは私なのですが、ほぼ無意識なので、後で、またやっちまった~(苦笑)となるのでした。

自分の中でエネルギーがグルグルしていて、出入りがない感じですね。
自分の事に一生懸命で、周りが見えていないというのは、こういうことなのでしょう。
それでいて、人の顔色を伺っていた私、そりゃ疲れるね、ご苦労様でした、と思います。

以前と違うところは、あ~ダメな私、にならないところです。
3日後でも、気付いたことがすごい、と思えるようになりました。

怒られても好きな人

いたでしょうか。
親、先生、親戚のおじさん、おばさん、近所のおじさん、おばさん、
母はおいといて、父には2回怒られました。
ガツンとひとこと言って、お終い。
普段、何も言わない父に怒られたので、びっくりして反省しました。
何を反省したかは、覚えていません(^^)
怒られても、いや~な感じは残りませんでした。

外では、いい子にしていたので、怒られたことをあまり思い出しません。
中学の先生方に、かわいがってもらったのは覚えています。
集団で怒られても、他人事のようにとらえていました。
私は違う~って、変なプライドが身についていたのかもしれません^^;

大学のクラブ、非常に縦社会の厳しいクラブでした。
一年生の時、しょっちゅう怒られたり、注意されていました。
好きだったかというと、う~ん、よくわかりません。
私が注意する立場になった時は、罪悪感、これでいっぱいでした。
怒ったら、嫌われるんじゃないかと思っていました。
最下位が落ち着くと思っていたのは、こんなところにも原因がありそうです。
年下の人とは、自分から距離をとってしまいます。


母が怖かったのですが、母に好かれるためか、母が好きだからか、
「怖いと思ってはいけない」そう決め込みました。
怒られると怖いんだけれど、そう思っちゃいけない、
このモヤモヤした思いを「怒る人は嫌い」へ変換していたかもしれません。

怒られても好きな人、ということで、怒られた記憶を探していましたが、
私は、好きな人を探して、その人から怒られたことがあるか、こちらの方がよさそうです。
今は、好きな人から怒られた記憶は抜け落ちています。
はまったドラマ「チャングムの・・・」を見ていると、怒られてもこの人は好き、親しみのある怒り方、そういうものは感じます。

そうそう、親しい付き合いなら、同じクラスの子、妹の友達もいましたね。
全く思いつきませんでしたが、りんりんさんに教えてもらいました(^^)
プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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