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今日は、は~、な日記です

引っ越しで一番気がかりだったのは、母へ連絡すること。
そこかいって^^;
一昨日、電話しました。

私が何を思い感じていたのか、見事にシャットダウン。
私は(母と話すことは)大丈夫、平気、平気、何でもな~い。

こんな感じに思い込もうとしていました。

母が私のことを思ってくれているのはわかるのですが、
今の今でも、そこを無理やり捻じ曲げて理解しようとしている私でした。

嫌い嫌いも好きのうち
関心(執着)がなければ、好きも嫌いもないんでしょうかね。
親に関心のない人はいないか。
母のことを考え始めると、ドツボにハマりそうなので止めておきます。

母に言いたいこと、まだたくさん出てきそうです。
そうかそうか、と私が聞いてあげるのが精いっぱい。

今まで気付かなかったのですが、私にも禁句があった^^;
多くの人が聞き流すであろう言葉に、カチ~ンとして、母に文句を言いたくなり、
耳を塞ぎたくなる台詞を聞くと、私は身の置き場がなくなる。
だからドラマを「くだらん」と理由を作って見なかったんだな。
学生の頃、「昨日のドラマ見た~?」の会話には怖くて入れなかった。
ドラマを見ての感想が出てこなかったし、何か思っても人とかけ離れていて、恥ずかしくてとても言えなかった。
「私はドラマは見ないんだ」、この言葉には、
私はあなたとは違うんです(これ、わたしのツボ^^)
という、変なプライドが入っていたんだな。
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暖かい記憶を取り戻す意味

母との暖かい記憶は出てこなくても、父や祖母との暖かい記憶が出てきました。

人は、暖かい記憶、経験に支えられて、明日の希望につなげている
そう思うことがあります。
自分の体験もありますが、想像もかなりあります^^


一番古い母との記憶は、私が幼稚園の時。
すでに、その時から事実を歪めて受け取っていたかもしれません。
その後、母から暖かい声を掛けられても、私はキャッチしていなかったのかもしれません。
他人の言葉を歪めずに受け取るには、私の感じ方の癖を知ること、直すことが必要だと思っています。

私を勇気づけてくれる言葉は、私を責めているように感じることが多くありました。
褒められても、素直に喜べませんでした。
私は他人の喜びを一緒に喜べず、羨ましく思っていました。

まだまだ、出てくるでしょうね。


どうして思い出せないのか考えた時、
私は、そんなにひどい体験をしていないのに
私が、何でもない言葉を批難されているように感じやすい子どもだったのか
そう思っていました。
自分で自分を批難して、自分を信じられないうちは、それがまた苦しいのです。

ここ最近、やっと、
私が感じていたことは、本当だった
母がどうしたとかではなく、私が感じていた悲しみ、悔しさ、怒りは私が感じていたことだ
と認められるようになりました。

暖かな記憶をたどるはずが、なぜか、小さい頃の自分の苦しみを認める(信じる)結果になりましたが、とても楽になりました。
誰も悪くは無い、そう思える時がある、思いたくない時もある(笑)ようになったと感じます。

暖かな記憶は、明日への希望、不安の中を進む勇気、になるのだろうと思います。
思い出すきっかけは、つかめていませんが、記憶を取り戻す意味を分析しました^^

思い出せない

荷物の移動は無事終了し、ネットもすぐつながりました\(^▽^)/
過去の経験が少しは活かされました。

ここ何回かの引っ越しは、NTT東→西、ADSL←→光、モデムの交換で、5日不通は当たり前でした。
私の失敗もありますが、NTTの対応も、あまり気持ちがいいものではない(苦笑)
今回は、契約条件の変更とモデムの交換が無く、電話の周りをごっそりそのままカーテンに包んで持ってきました^^
カーテンや、タオル、私の洋服をクッション代わりにするのは、いい案だと思っているのですが、新居で困ります。
わかってはいても、やりました^^;


段ボールに囲まれた生活ですが、コミのトピにあがっている「暖かい記憶が思い出せないのはなぜか」を、考えずにはいられませんでした。
私は、圧倒的に負の記憶の方が多いと思っています。
一年前は、二十歳前の記憶はほとんどなかったので、それに比べれば、少々の暖かな記憶と、負の記憶が思い出せたことで、「私は生きてきたんだなぁ」と思いました。

母から理不尽な叱りを受けたこと、これが暖かな記憶を覆っています。
かわいそうな自分を手放したくなくて、負の記憶にしがみついている気もします。
母を悪者にしておきたい、その母がいい人であるはずがないと思いたい。
いい記憶もないに違いないと思っている。

母との辛い思い出が、悔しい、悲しい感情と一緒に出てきます。
母を責めるのではなく、その時、何も言えなかった小さな私の為に、ただ、涙がこぼれます。

祖母とは、暖かな記憶しか出てきません。
父の記憶は、負から暖かい記憶へ変わりました。

物心ついた時は、母は嫌いで好きだった。
母との暖かな記憶は、母が嫌いだと思っているうちは、出てこないのか、出てくるのか。。。
母が好きな私を認めたくない、この辺りに原因があるのだろうかと思います。

遠慮と我慢

なぜ?(しなかったの?)と聞かれた時、たいてい相手に遠慮をしていたときです。

迷惑をかけることにならないか
そんなこと申しわけなくて言えない

人に頼らず一人で生きてきたと思っていた私、思い返すと、いつもいつもそう考えていました。
相手を思っているようで、実は自分のことしか考えていなかった!?

嫌われたくない
そして、私は一人で頑張っているから(母に)認めて欲しいという願い。

例えば、お茶はいかがですか、と言われた時、
迷惑にならないか、ハイと答えるべきか、イイエと答えるべきか、相手の顔色と空気を伺っても、まず、イイエ。
私が欲しいと思っているのか、いないのか、確認したことはありません^^;
もし、本当は欲しいけれど、相手に悪くてお願いできないのなら、
私が我慢すればいいんだ。
私のこれまでは、遠慮と我慢がセットになっていたことも多かったことでしょう。
我慢してイイエ、納得してイイエ、違ったのですね。


ワンコを相手にも、私は遠慮をしていました。
例えば、
歩きたがりワンコのダーちゃんは、後をついていけば、3時間くらい歩きました。
たまにする特別なお散歩ではなく、普段がそうでした。
そろそろ家に帰ろうと、進路を変更するのがとても気が重たかった。
ごめんね、もうお家に帰ろう、ごめんね、ごめんね、嫌いにならないで~

もう、1時間も歩けば満足するようになりましたが、
さあ、かえろう~
と言えてるか、確認しています。


明日、引っ越しの移動日です。
今日、載せられるものを全て、トラックへ積み込みました。
業者のお兄さん達が、荷物のことを話していると、ビクビク。
重たいですか?大きいですか?珍しい荷物ですか?すみません・・・
お兄さん達、けっして私を責めているのではないのですよ^^
チームワークバッチリのおじいさんからお兄さん4人の方が、予定通りの時間で作業をこなしていました、さすが。

荷造り中です

引っ越しは慣れたものですが、今回は、少し様子が違います。

転勤?引っ越し?よっしゃ私の出番~、移転の手続き、荷物の整理、私がするから、ア~タは何もしなくていいわよ
(私がいて助かったと思ってもらいたい)
これ、今まででございます。
嬉々として世話を焼いていたかと申しますと、これがまた、少し違いまして・・・
私ばっかり何で忙しい、少しは手伝って~
忙しいオーラを振りまいておりました。
私は頑張ってますアピールか。

問題を見つけると首を突っ込み、手に負えなくなると、機嫌が悪くなる人、
ちょっと理解しました^^;

引っ越しで、私の存在を認めてちょうだいと夫に無言の圧をかけていましたが、
今回は、ちょうだいもしないし、あげもしない、そのあたりにいるのではないかと思います。


荷物を詰めながら思うのは、この空間がもったいない。
段ボールに無駄な隙間を作りたくないがために、あっちこっちから荷物をかき集めて、
本の間につまようじ
こんな感じでした。
箱を開けた時に、家中歩き回ることになります。

隙間はプチプチで埋めるという、新たな技を習得しました。

また引っ越すから、荷物を増やさないでおこう、大きい物は買わないでおこう、
これが度を超すと、今が不便です。
先々のことを心配して、今がおろそかになる、この傾向は私の癖で、何事にも表れていると思います。
物の扱い方が、意外と心を反映していたのだと、驚きます。
プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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