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過去を回想してみた

5/25に着物教室の先生に、買いませんとお断りしたことを書きました。

買ってくださいと勧める先生に、
うるさい、しつこい
と心の中で叫んでいた私ですが、
実はこれ、母にいつも心の中で叫んでいた言葉でした。

よく覚えているのは、私が10歳くらいになってから、
「早く洗濯物を自分でしまいなさい」ときつい口調で言われていたことです。
「洗濯物くらい自分でたたみなさい」これも、幾度となく言われていました。

「自分は何もできないダメな子なんだ」と思って、母を立てていたのが、たぶん初期の私です。
洗濯物を見て、しまおうかな、たたもうかな、と思った時に言われると、
うるさい~、わかってる
わかってもらえていない悔しさ、怒りを、言えば倍になって返ってきたので、次第に心に溜めていきました。

自分のことは自分でできる人になってもらいたくて、そう言ったのかもしれないし、
母が楽をしたいために言ったのかもしれないけれど、
今、母の肩を持つと、私の気がおさまりません。

あの時、母には、
「私のことは私に任せてほしい、余計な口出しをしないでほしい」
そう言いたかったのです。
イライラ、モヤモヤを言葉にできたスッキリ感( ̄▽ ̄)ヤッタ!!

いつまでもこの状態、母に対する怒り、が続いても良くない感じ、気持ちがよくない感じか?しています。


5/25の記事で、私が書いた言葉。

「自分だけの着物、いい着物を持ちなさいとお勧めする先生。
 いいものを見分ける目を持ちなさいとういう親心か。
 自分の価値観を私に押し付けているのか。」

母との関係が、そのままここに現れていました。
自分の感じ方が間違っているのではないかと思っていましたが、ここは、自分を信じるべきだと思いました。
まずは、自分の為に、先生に言いたいこと。
「買う時は買います。余計な口出しをしないでほしい。」
直接言ったら後が困るので言いません^^

いつか、「そう言われても、私は買いませんよ~、オホホホ」と軽くあしらえる時が来るか?

大切なことを書き忘れておりました。
「余計な口出しをして欲しくない」
この思いは、かなり私の中でウェートを占めていたと思われます。
他人が発した心遣いの言葉も、余計なお世話と受け取っていました、無意識ですが。
その無意識は、「あなたは私のことをわかっていない」、誰も私の気持ちがわからないと壁を作っていたのです。
私のことをわかってくれる人がいる、と気付いてから、「余計な口出し」ではなかったのだとわかってきました。
背中を押してくれる、ありがたい言葉でもあったのだと、感謝。
人に助けを求めず、自分で何とかしようと頑張るのも、「私のことは私に任せてほしい、余計な口出しをして欲しくない」という無意識が、そうさせていたのだと思いました。
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衝撃の事実

夫のこと、よくわからなかったのですが、ちょこっと見えてきました。


何カ月か前に確認してたのは、結婚当初のこと、
「私がいないと大変と思わせたい」
傍目には、尽くすタイプ、でしょうか。
見捨てられないように、しがみつき、依存する人(言葉が見つからないので、りんりんさんのブログでのお言葉を拝借しました<(_ _)> )

思い起こせば、小学校3年生くらいで級友に依存していました。
会社に入ってからでも、思い当たることは、恐ろしいくらいに出てきます。

共依存と呼ぶらしい・・・
私も共依存者だったのか、うそでしょ~と思った、衝撃の事実。
これも、何カ月か前の話です。


結婚生活も年を追うごとに、「こんなに尽くしてあげているのに、何も見返りが来ない」、「私は大切にされていない」と怒りを溜めこんでいくようになりました。
私が傷つく言葉を平気で投げかけることもありました。
しだいに、溜めこんだ怒りは夫に降り注ぐようになりました。

例えば、夫「お弁当持っていきたいから、作る気ない?」
この問いかけが、私が夫を支配していた臭いがします。
私、「いいよ」
断ったら、大変なことになるって思っていたのです。
その反面、心の中では、めんどくさ~、何で私が作んなくちゃいけないの、自分で買ってよ~という怒り。
そんな怒りが私の生活を支配していました。

私の怒りの出し方。

ケチをつける
無視する

無視という武器で、相手をコントロールし、依存させる人。(りんりんさんのブログでのお言葉をまた拝借しました<(_ _)> )

無視は意図的にしていたので、わかっていましたが、夫の話にいちいちケチをつけていたのは無意識でした。
全ての会話に怒りが満ちていたと言っても、過言ではありません。
まあまあ口数の多かった夫は次第に無口になり、私は仕事で疲れているんだろうと思って、私も無口に。

ぴゅ~~


耐えていたのは私ではなく、夫らしい・・・えっマジ(゜o゜)
夫に依存して、頃合いを見計らって依存させていた、ということか。ひょえ~(+o+)

今は、嫌なことは嫌と言い、しょうがないと妥協したり、
夫の言葉を否定する必要もなくなり、私はこう思うと違う意見を言ったり、
夫もしゃべるようになりました。


私が歪んだ基盤を持っていたとはいえ、傷つく言葉を投げかけられ、私が耐えていたことは、忘れ難く、怒りは消えません。
執念深い^^;
傷ついたと一言いえれば、そこで終わっていたのでしょうね~、強がっていたので言えなかったけど。
夫のことを私が本当はどう思っているのか、解決の糸口が見えてきたような気がします。

それより、自分の心がよくわかっていなかった人、私^^;と、約20年も一緒に住んできた夫が忍耐強いというのは確か。感謝。

自分を大切にするって

ま~ったくわからない感覚でした。
相手に合わせてこその自分だったので、自分そのもの、自分の感情がなかった。
何を大切にするのかわからない状態だったのだと思います。

最近は、自分を大切にすることが、わかりつつあると思います。

小さい頃を思い、楽しい思い出は一つもないと思っていて、母に対する恨みつらみを吐き出していた頃、
当時の私が感じていたであろう感情を見ずに、怒りを母へ向けていました。
私は当時の自分の心を置き去りにして、母を見ていたのです。

今は、母への怒りもだいぶ収まり、小さい頃の私に「いいこいいこ」と言ってあげられるようになりました。
暖かい思い出が、私を満たしてくれた、そう思います。

暖かい思い出を、もっと早く思い出せたら、恨みつらみを吐く時間が短くなったかもしれません。
自分が受けたと思っている傷、この傷の大きさに時間が比例するのかもしれません。
私は、自分一人で何とかなると突っ張っていたので、さらに時間は延びたのかも、なんて思うこともあります^^;
そんな時間も大切だったと思えますが、コミに入ってからの自分の変化には驚きと感謝です。
無い物ねだり~。

勝者を称える気持ちが持てなかったこと、嫉妬、これは自分を大切に思う心と関係がありそうです。
自分に対して、よくやっていると言えなかった私、他人に対しても言う気にはなりませんでした。
上っ面のお世辞は言えます^^;
でも、うそつきになった自分は、嘘をついた自分を責めて傷つけていました。

「うそをついてはいけない」これは私の決まり事です。
よく言えば、ウソを付けない正直者^^
嘘も方便、ついていい嘘もあるのかもしれません。

嫉妬も根強く私に残っています。
それと、あなたのそこが許しがたいという気持ち、着物の先生だ^^
嫉妬する自分は汚いと思っていましたが、ちょっと待てよと立ち止まります。
何が出てくるでしょう。
これからのお楽しみ?です。

やった!?

いったんお休みした着物教室主催の織物講習会に出かけてきました。
越後の織物職人さんが本塩沢という織物の紹介をしてくださいました。

講習会の後は、当然のように、着物合わせ(試着みたいなもの)、お買い物という流れになっています。
出かけないという選択もありましたが、職人さんの話を聞きたくて、行ってしまいました。

試着しませんとお断りする勇気はなかったけれど、罪悪感なく買いませんと言う意思はあったので、着物合わせはしっかりしてきました。

結果、
「買いません」と言っても、買わない罪悪感を植えつけられた気はしました^^;
前回、「買えないの、ごめんなさい」と心の中で何回も誤っていましたが^^

今回、買わないと言っているのに、「え~、ぜひお持ちください」と言われて、

しつこい~
うるさい~

と思いながら、「もうお金がありません」と。
どんな顔して言ったんだかわかりませんが、「私は悪くない」心で唱えながら罪悪感なく断れたような気がして、ほくそ笑みました。

自分だけの着物、いい着物を持ちなさいとお勧めする先生。
いいものを見分ける目を持ちなさいとういう親心か。
自分の価値観を私に押し付けているのか。

勧誘にいらした先生は、まずは着物を着てもらうことが大切と言って、着物がもつ価値、値段にはこだわらない方でした。
私はこの先生がお気に入りなのですが、今度じっくり話してみたい気がします。

どうにもならない居心地の悪さを感じたら、さようならかと思います。
書き忘れました、講習会は楽しく、着物合わせも楽しませてもらいました^^

勝負

私は悔しかったんだ
ということがわかって、わかったこと^^

悔しい気持ち、それは、仕返ししたい気持ちでした。
私は母に大事にしてもらったと思えない、だから私もあなたのことを大事にしない。
そんな親不幸なことは考えてはいけないと思っていた訳です。
親に感謝できない私、自分の感じ方はおかしいと思っていました。
今の今まで、自分を信じることができなかった原点は、ここにあったと思います。


戦いが苦手と、以前書きました。
勉強でも、スポーツでも、負けたらどう思っていたのか・・・
「やっぱりね、私はダメだ、でも私はその程度だからこれでよし」

歪んでいますね。

悔しい気持ちには、仕返ししたいという腹黒い?気持ちの他にも、今回の失敗を生かして次に生かそうと言う前向きな気持ちもあるように思います。
それが「悔しい」という言葉かどうかはわかりませんが。
今までも、失敗を生かそうと思ったことはありますが、どこかで失敗した自分を責めていました。

勝者を称える気持ち、これもありませんでした。
どう思っていたのか、、、
妬ましい、そういう負の感情には蓋をしていたので、よくわからないというのが、現状です。


勝ったら、申しわけないと思っていました。
「勝ってうれし~」
こう思ってしまうと、罪悪感をもつことができません。
自分が悪かったと思うことが、母に認めてもらう手段だと思っていたので、勝ってはいけなかったのです。

はい、歪んでいました。

勝負に限らず、何か、できてはいけなかった
罪悪感を持つことができないからです。
よくやってきたというか、やってこなかったというか、お疲れ様でした。

母は目の前にいませんが、自分で自分にブレーキをかけていました。
そんな自分に嫌悪感を抱き、やろうとせず何もしない私を責めていたのだと思いました。
私の完璧主義ぎみと、自分を責めることも、つながっていたと思います。

今は、完璧を目指そうとしていません^^
ゆるゆるです。
かなり熱の入ることもありますが、できない自分を責めはしなくなったと思います。


健全な勝負、ってなんだ?^^;
勝てば嬉しい、負ければ?失敗を次に生かす?
「失敗からしか学べない」りんりんさん名言集に、あった。
勝負という言葉のイメージがよろしくないような。


よくわからなくなりましたが、失敗はしたくない私がいました。
私の気持ちを一つ一つ拾い上げていく、これからも続くのだと思います。
プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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