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人は変わる

他人の変化を嫌悪すること、よくあります
言うことが、コロコロ変わる人は、信じられない
それは世間一般でも通用すると思いますが
私は、行き過ぎているのではないかと思います



人は変わる
それは、いけないことだと思っている

これは、ずれている感覚ではないかと思う

そう、思うようになったのは
過去、母に振り回され
「ああ言われたのに・・・」
そんな嫌な思いをして、私はそういう人になるまいと決めた

自分に、言ったことを変えるなと命じているのだから
言ったことを変える人が許せなくなる
「さっきはごめん」と言われても、受け入れられない
人に謝ることもできなくなる
信念を曲げる人が嫌いになる

さらに、私は未来のことを断言したくない
言ったことを実行していないと思われることが嫌
 他人にどう思われるかを、気にしているんだな



この、頑固さ
いい方向に使うなら

人は変わる、変われる
よりよい人間になろうと変化することを、変わらずに思い続ける

一年前の私と、今の私は、明らかに違うのだから
人は変われる、というのは事実
自分に変化を許せば、他人の変化にも、寛容になれる

頑固なのも、ほどほどに
自分を縛っているようなものだから

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反省

私はこう思うから、みんな同じように思っているんだろう

そういう思考回路があります
今まで、それがおかしいとも思わなかったのですが
どうやら私がズレているらしい
と思うことが、起こります


そんなに遠くへ通うのか
そこまで費用をかけるのか

さまざまな条件をクリアして、さらに
誰も知っている人がいないけれど、かまわない

やりたいことを、やるのであれば
何も苦にならない
何かを犠牲にしても、それを上回るものが得られるのであれば
犠牲を犠牲と思わない

そういう人がいるんだと知りました

アジリティセミナー(犬の障害物競走)の生徒募集のお誘いを手伝って欲しい
ちょっとしたお願いをされ
アジリティに大賛成していない私は内心複雑ではあったのですが
心当たりのある方に声をかけてみたら、「ぜひ行きたい」と!

びっくりでした
セミナーを楽しみにしているようで、声をかけて良かった
どうせだれも行かないだろうと思っていた私は、何だったのか~

最終回

そそのかされて?ドラマを見始めましたが、
単調な生活に、ちょっとした刺激。

夫はドラマを見ないので、録画をして見ています。
一緒に見たら、身が入らないので、これはこれで都合がよろし。

まず「ハンマーセッション」の最終回
生徒と先生の絆が美し~、なんて感動しない、ひねくれ者。
いつも、見ていて気持ちがいいと思ったのは、かえでちゃんの素直な自己表現。
はちすか先生が本当にいたら、学校生活もいいと思うけれど、
過去の私だったら、とんでもない先生にしか見えなかったでしょう。
最後までいい味出していた教頭先生おかしかった
私と似たところがある。

「美丘」は、ついつい私と比べて見てました。
明日死ぬかもしれないという状況で、生のあるうちは笑って生きようとする、みおかちゃんの心のうち、
生きているだけで奇跡である、どんな心境なんでしょう。
一人じゃないって思える人生が羨ましいと、過去に引きずられるドラマでした。
たいちくんが、みおかちゃんのことを本当に思っているのはわかりましたが、お友達は、イマイチ。
愛と友情の差ってことでしょうか、それとも、私の感覚がおかしいのか

犬も一緒だと思う

週末に、キャンプに誘われて、行ってきました。
人15人、ボーダーコリー13匹

私的にも、ダーちゃん的にも、お断りしたい状況
しかし、夫の希望があり、おつきあいしてきました。


テーブルから少し離れたところに係留中の、若いワンコが吠えていると
先輩飼い主が、「諦めるまで鳴かしておけばいい」とアドバイス


目の前に、訴えたい人がいるのに、言葉が届かない悔しさ
訴えを諦めなければいけない悲しさを、嫌というほど味わってきた。

ワンコが訴えているのは、ただのわがままか、それとも、正当な要求か

私には、正当な要求に思えたのだけれど、
その場で判断をする余裕はありませんでした。
自分の育犬方法に疑いを持っていない人には、何を言っても平行線でしょう。
私の持論をぶちまける元気と勇気、方法もないのは、いたしかたなし。


少雨のため、川の流れはゆるやかで、猛暑で水の温度もまずまず。
足のつかない深さがあるプールのようなところで、ダーちゃんと泳いで、「きもちいい~」と叫んでました。
ダーちゃんは、泳ぎに必死で、気持ちいい顔をしないんですけどね。

同情

ヤフー辞書で調べてみると

同情:他人の苦しみ・悲しみ・不幸などを同じように感じ、思いやり・いたわりの心をもつこと。かわいそうに思うこと。

共感:他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。


これを読んでも、よくわからん~って言いたいけれど

同情は、同じような状況で同じ不幸感を、他人も私も持っている、という感覚
共感は、状況はどうあれ、他人の感情を否定しない、不幸感だけではない
そんな感覚なんでしょうか~。


他人の不幸って
災害、事故に遭ったとか?大事なものを無くしたとか?

他人をかわいそうって思ったこと、あんまりないんです。
じゃ、どう思ったか
「私には関係ない」「私にはわからない」
「いいきみじゃ」
他人の不幸は蜜の味です。

つい最近まで、私は幸せ、不幸であるはずがないと思っていました。
不幸に悲しむって、どういうこと?
祖母が亡くなっても、もう会えない、という事実があるだけでした。

ACプライドを通して見ると、
一番かわいそうなのは、私
他人よりも、私の方が不幸
そんな、高い所から人を見降ろしていると、
やっぱり、他人が「かわいそう」という気持ちは湧いてきません。


見下す対象ではなく、嫉妬の対象でもないという、例外がありました。
あるドッグスポーツ会の大御所が、ワンコの散歩友達でした、たまたまの偶然。
大会で、その散歩友達とご挨拶を交わしている私
私はすごい方とお友達なんですって、自慢している、虎の威を借る狐状態^^

ワンコも、例外でしょう。
お留守番がかわいそう、私が我慢すれば、少しでもお留守番の時間は少なくなる
そう考えていた時期は長いです。


小さい頃、どこかから仕入れた情報
「他人を可哀想と思うことは、傲慢である」
傲慢は悪である、と思っていた私は、
「かわいそう」と思うことを自分に禁じていたことも事実です。


共感と同情は、とても曖昧で、ドラマを見ながら私は何をどう感じているのか?と確認作業。
同情すこし、共感すこし、そんなことあるはずないと反発しながら、見ています。


プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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