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人の振り見て 

職場ネタ続きます。

まずい状況に陥ったときの言い訳、
人によって言い訳もさまざまですが、
自分の正当性を言っているようで相手を責めているようにしか聞こえない、
「私はこうしておきました」
現状があるのはあなたのせい、と聞こえてくる。


責められると思っているから、責められないように本人は言っているだけ。
私はやるべきことをやりました、と。
そこには「私は悪くない」が含まれていて、
悪くないと思っているということは、どこかに悪者がいるという前提があるから思うことであって、
私は悪くないから「あなたが悪い」になる。

人から責められると思っている(妄想)ことが、実は人を責める結果となっている。

分析は置いておいてもよしですが、
私も同じことをしていたはず。

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職場のあの人

新人さんがずっと立ったままいるのでどうしたのか聞いたら、
めんどくさいだろうから聞かないほうがいい
 (私がめんどくさがるだろうから質問しない)

私は思わず言い返していました。
めんどくさかったらめんどくさいと言うから聞いていいよ

内心ぶ~(`ε´)、口調は優しげに・・・いや怒っていた^^;


こんなん言われたと一緒に働く人にも愚痴ったら、
聞いた人はもれなく新人さんに腹を立てていました。
もう教えてやるま~
^^;


新人さんが聞きたくなくなるのも、わからないではないのです。
仕事が遅い、やったことを覚えていないから、新人さんに対して口調が厳しくなる。
それで、聞きたくなくなるという悪循環。

忘れちゃいけないのは、新人さんが入ってきたおかげで気の会う職場の人と休日をあわせて出かけられるようになったことです。
それと、新人さん抜きのコミュニケーションが増えたこと、愚痴も愚痴でないものも増えました。

リセット

リセットの意味が、一年前はさっぱりわからなかったので、
リセットをした私が何をしたのか、考えてみようと思います。

リセット、元に戻すというイメージ、
無かったことにするということでしょう。
何を無かったことにしたのでしょう。

今までかかわってきた人達がいます。
一緒に話をしたり、笑ったりしました。
一人で生きていると自惚れた感覚も持っていましたが違います。
人のお世話になって今日まできました。

一言で言えば、そのかかわりを無かったことにすることだと思います。
私の感覚ですと、過去を忘れて現在にいることと、
過去のある時点に戻ることは少し違います。

過去を忘れて現在にいるというのは、前から今のようにそれほど生きづらさをかかえていなかったと思うこと。

過去のある時点に戻るというのは、被害者意識や犠牲感でかかわってきた人たちを拒否すること。
引越しをしたら・・・
転職をしたら・・・
現在の状況を変えたら(逃げたら)バラ色の人生が待っている・・・
過去、人との縁を切ってきた感覚がはまりました。
逃げることが必要なときもあるでしょう。
逃げてはいけないということではありません。
しかし、自分が作り出した被害者意識がある以上、場所を変えても人を変えても、生きづらさに変わりはありません。

セッションを始めて、何度リセットしてきたかわかりませんが、私を現在に引きとどめているものは人の存在です。
大切にしたい人がいる、私を大切にしてくれる人がいる、
その人がいるから、その人とかかわりたいから、私が頑張る、
そう思う力が、私を過去から現在へ戻る、被害者意識から抜け出す原動力になっています。

被害者か犠牲者か

職場に入社3ヶ月目の新人さんがいます。
先日、手伝ったのに感謝されなかったことに、いらっときたことがありました。

私が手伝ってあげたのに、という犠牲感もありました、同時に、あなたは仕事が遅いということを知らしめたかったのにできなかった、という人の操作に失敗した悔しさもありました。

新人さんを見ていると、自分の嫌なところを見ているようで嫌なのです。
私の不快を解消したいために、
私が急いでいるから、「あなたも急ぎなさい」と言いたいけれど、
それは言わず、かわりに、
相手に「自分は仕事が遅い」と思わせたい
そんな自分のやり方が意地悪いことを自覚していて、
手伝ういい人になったつもりでいる。

犠牲感に、被害者意識、相手の操作・・・
私の心の中だけで起きていることなので、
私が決めれば、やめるもよし、やめないもよし。

今、私に言えることは、
仕事が遅い新人さんがいる
その新人さんに対して、私が不快であり、
急がせようと私がむきになっているということです。
もう少し離れてこの状況を見てみると、
自ら相手との距離を広げているとも言えます。


私が、人を変えようと思っています。
私が「急げ」と言っても、相手は変わりません。
新人さんは、現状で困っていないでしょう。
この状況、私の状態が嫌ならば、
急ぐことが正しいと思っている私が変わる必要があるのでは?

仕事のことなので、ある程度のタイムリミットはあります。
私がどう折り合いをつけていくか、
手伝うのなら、どうして手伝うことにしたのか、
そんなことを考えています。


犠牲感を考える

被害者意識と犠牲感、似て非なるもの。
犠牲者意識とは言わないか^^;

私、被害者意識はかなり持っていますが、犠牲感はあまりない、
と思っていたのですが、いえいえ、ACの自覚がないころは、
犠牲感をかなり持っていました。

私の感覚ですが、
被害者意識は、自分は何もしていないのに相手から加害されて自分が被害者だと感じること。
私は何もしていない?
 実際何かしている場合が多々あると思います。
あの人のせいで私が不幸という感覚です。

私の一例を^^;
以前ブログにも書きました、車の鍵紛失事件です。
私が鍵を失くし、夫に怒られる、夫が怖いと震えていたことがありました。
このとき、「夫から何を言われるか怖い」だけが私の頭の中にありました。
実際、私が鍵を失くしたのが発端で、夫は何もしていないのに、
夫、加害者、私、被害者の構図を私が作り上げていたということです。


犠牲感は、私があなたのために自分を犠牲にしているのに、相手が何もしてくれないと感じること。
見返りを求める感覚です。

夫のためにご飯を作っているのに美味しいもまずいも言ってくれないと、今でも思うことがあります。
 ↑ 突っ込みどころ満載^^;


被害者意識は私は悪いことをしていないのに、
犠牲感はあなたのためにいいことをしているのに、
という感覚の違いがあります。

共通するのは、自分の意思がないところ。
かわいそうな私、
相手に対する怒り。

自分の意思で動いていたら、誰かの犠牲になったとは、感じないと思います。


次回は、職場で起きた私の犠牲感を書く、予定です(笑)

プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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