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アンハッピーモードm(_ _)m

幼稚園時代の記憶で、本当に些細な日常の一こま。
母から、「正直に言いなさい」と問い詰められて、怖い顔を前に、何も言えなかった。
本当に怖い顔をしていたのかはわからず、私がそう思っているだけかもしれないけれど。
私が覚えているのは、「言ってもわかってもらえない」という諦めに近い悔しさと、「言ったら怒られる」という恐怖。
でも、言いたくても言えなかったのは、母を守りたいという気持ちもあった。
本当のことを言ったら、母が傷つくかもしれない、そう思って、言葉を引っ込めたのだと思うようになった。

自分が犠牲になれば全て丸く収まるという思考回路は、いったいどこから来たのだろう。
私の中にあったとしか思えないのだけれど。
正直に言えば、「ああ、そうだったの」と母が言うかもしれないという希望、勇気は、小さな私は持っていなかった。
母が不安であることを、無意識に感じ取っていたのかもしれない。


学校であったことを母に話そうと思ったことも、まったくない。
母曰く「りかちゃんは、毎日お母さんに話すんだって」
お決まりの誘導。「誰誰はこうらしいよ」(だから、あなたもそうしなさい)
「止めて~」なんて、当時は言えないし、思ってもみない。
できない自分がいけないんだと納得せざるを得なかったんだ。
誰かと比較されるとは、私の場合、こういうことだったのかもしれない。

私のことを母に話したくない、この気持ちがいつもあり、用事がなければ電話もしない。
ここに、私の罪悪感はないのだが、たまに電話をすると、ちっとも連絡をよこさないと言われ、チクチクする。
でも、連絡をしないのは母のせいであり、「残念でした」と心の中でつぶやいている。
我ながら、心が狭いと思うのだが、今は仕方がない。
寝たきり要介護にならないのは、母にも、子どもの世話にはならないというプライドがあるのだと思う。
70だから、まだ若い?

私の生き辛さは、初めから私が持っていたのか、母から刷り込まれたのか、原因が分かれば納得することも大きい。
けれど、この行き辛さを修正するのは自分しかできない。
修正できたら、毎日が幸せハッピーだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい(笑)
人生楽ありゃ苦もあるさ♪
人生苦だと思っていたので、楽があればいい?
ああ、そうだ、私には楽がなかなか思い出せないんだった、ふ~。
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コメント
重なるような気がしました
こんにちは。

母に怒られてた感じが、
何か重なるような気がしました。
何だか原点はそこにあるような気がしました。

私の母の年齢71歳^^;。
2010/05/05(水) 16:33 | URL | とれっく #-[ 編集]
うんうん、まったく一緒です^^
> 学校であったことを母に話そうと思ったことも、まったくない。
> 母曰く「りかちゃんは、毎日お母さんに話すんだって」
> お決まりの誘導。「誰誰はこうらしいよ」(だから、あなたもそうしなさい)

何でだろうな~。私も、毎日の出来事を母には話さない娘でした。
そして母は○○ちゃんはどーした、こーした のオンパレード。
今もそれはちっとも変わってません。

よそと同じじゃないと許せないというか、
よそと同じかそれ以上(「以上」ってなんだ?)だと良いという考えが、
孫のひきこもりを受け入れられずに、自分自身を苦しめる結果に
なってるんですが・・・。

ウチの母は74歳。
介護が必要になったら、、、、やはり実家へ戻るかな?

2010/05/05(水) 19:59 | URL | けい #czrGQ6Xg[ 編集]
ウチの母
小さな時の母の記憶は、怖い怒った顔で睨みつけるように私を見ていた顔なんですよね~

私も家では全く学校の話をしたことがありませんでした。
母は父の愚痴の聞き役だったため、
子どもの話を聞かずに、自分の話を一方的にしています。
(未だに)
でも、学校の話を聞いて欲しかったよ~~
と思ってします私が今います^^
2010/05/05(水) 22:01 | URL | 桃 #nmxoCd6A[ 編集]
とれっくさんへ
> 母に怒られてた感じが、
> 何か重なるような気がしました。
そうなのですね。
母のことを思い出すと、暖かい記憶からは、遠のいてしまうのですが、
少し客観的に見られるようになった気がするのと、
一人で持っているには重すぎたので、書きました^^;
母が、四六時中、難しい顔をしていたはずはないと思うんですけどね。

おや、お母様の年代も一緒^^
2010/05/06(木) 17:49 | URL | ちえ #-[ 編集]
けいさんへ
> 何でだろうな~。私も、毎日の出来事を母には話さない娘でした。
私だけではなかったのですね。
母に何かを話した時に、楽しかった、話してよかったと思った記憶がないので、私はその辺に理由があるんだろうなぁと思います。

> そして母は○○ちゃんはどーした、こーした のオンパレード。
私の母も、まだ言ってます、たまにですけど。
そうか、母自身も苦しめていますね。
母の口調によって、「私もそうしなさい」なのか、「してはいけない」のか、
判断して実行するうちに、自分を縛っていったのでしょうね。

介護が必要になったら、、、とりあえず帰りますね、たぶん私も。
2010/05/06(木) 19:44 | URL | ちえ #-[ 編集]
桃さんへ
一緒ですね、私も思い出す母の顔はいつも怒っています。
そんなはずはないのですけど、笑った母を思い出すのを私が拒否している感じです。

> 私も家では全く学校の話をしたことがありませんでした。
桃さんもだったのですね。

> でも、学校の話を聞いて欲しかったよ~~
そう思って、当然だと思います。
子どもが黙らざるを得なくなるって、やはり家族の問題なのでしょうね。
私も苦しかったのだと思います、当時わかっていませんでしたが^^;
2010/05/06(木) 19:46 | URL | ちえ #-[ 編集]
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プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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