スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

似て非なるもの

「私が悪かった」と思うこと

私の罪悪感の裏には、怒りがあると、確信しています。
罪悪感のもとをたどれば、母に対する訴え。

私のことをわかってよ

友人なら、去ることもできるでしょう。
でも、一番わかって欲しい母親と別れることは、できませんでした。
わかってもらえない気持ちは怒りとなり、母にぶつけてみるものの、解決した例があったかどうか。

私にも、反抗期というものがありました。
母はわかってくれた、という手ごたえは、全くありませんでしたが。

わかってもらえない理由、一番納得のいく理由が、
「私が悪かったから、わかってもらえないんだ」と思うこと。

罪悪感の裏には、
「私のことを、誰かわかってよ!」
「私が悪かった、あなたが正しい、そう思うから、私のことを認めてよ!」
「どうして、わかってくれないのよ!」
という、他者に対する訴えがある。

口に出して言えばいい、と思う方も多いでしょう。
言っても、母に伝わらないことがわかっているから、口に出すことを止めました。
言っても無駄、それは身にしみついた癖となりました。
そのうちに、言いたいことは心の奥にしまい込み、自分ですら気付けなくなっていました。

何を訴えたいのか、それを知ることができるのは、私だけ。
それを知るのが怖い、見たくない自分がいるから。
それを知った人は、私から去っていくだろうと思っているから、言えない。


もう一つ、「私が悪かった」というより「私が間違っていた」と思うこと。
反省、というものでしょう。
自分の過ちを認め、これからどうするか、自分で決めるという姿勢。

罪悪感を持ちつつ、反省はできるのか?
私は、この二つの区別がつかないでいました。

見たくない自分を、
見つけて、
認めて、
許して、
受け入れて、

どんな過ちでも、私は私を嫌いにならないと思えること
それから、反省ができるのだと思いました。

私の過ちを知っても、去らないでくれる人がいると思えることは、どんな励みになるでしょう。


これからですね、私の反省は。

スポンサーサイト
コメント
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
twitter
ranking
ポチポチありがとう(。・ω・。)

FC2Blog Ranking

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。