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悲しむことと自分を憐れむこと

ここ数日、孤独感に襲われ、涙が出ます。
周りに人がいても、突然やってくるのでちょっとだけ困ります。
私の中にいるもう一人の私、ちびちえが「寂しい、私をかまって」と叫んでいるような気分です。
その声を聞いてあげられるのは、大人の私しかいないというのはわかっているのですが、
どうもちびちゃんから信用されていないみたいです。
自分で自分を抱きしめる、自分で自分を癒す、この感覚がどうもいまひとつしっくりときません。

この時の涙は、自分を憐れんでいるだけかも、と昨日思い当りました。
「何て可哀そうな自分」そう思っているうちは、自分で自分を不幸にしているだけですね。
大切にされなかった自分の過去を悲しむことと、自分を憐れむことの違いって何でしょう。
悲しみって何でしょう。
喪失感でしょうか。
怒りを含む悲しみもあるようですが、私は大人になってから怒りを感じた事はありません。
私は本当に悲しみを感じた事がこれまであったのか怪しくなってきました。
もし、愛犬が死んだら、これは確実に悲しい。

自分の感情がわからない、自分がわからない、これは苦しい。
いつもこうとは限りませんが。
新たな自分を発見して嬉しくなる、数日すると新たな闇を発見して苦しくなる、
この繰り返しですね。
ですが、真っ暗闇に少しずつ光が差して来ている実感はあります。

さて、自分を憐れむことを止めるためにある言葉を信じることにしました。

自分が、
仏の子、神の子である

TATSUさんのHPから

宗教上の仏、神ではなく、私たちの力の及ばない大きな存在があると私は捉えています。

それと、もう一つ。
私は、唯一の存在として愛され、賞賛され価値があると認められる
と信じること。

自分が素晴らしい存在なら、自分を憐れむ必要はありません。
人と比較せず、自分の存在の素晴らしさを発見する必要が私にはあるようです。
すぐ忘れてしまってますし。
心の癖みたいなもので、今この瞬間から切りかわるという訳にはいきませんね。

今まで生きてきただけでも素晴らしいと言ってもらえただけで、
ぽろぽろと涙がこぼれる泣き虫さんの数日です。




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プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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