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母と

ワンコのことも書こうと思いつつ、パス。
今日、母と電話で話した時に、不思議な感動を覚えたのでそのことを、
今年の初めにさかのぼり、記憶を整理しつつ、書いてみます。

私の生き辛さは母のせいだったとわかってから、
(ワンコの師匠からりんりんさんの存在を知りました)
母を嫌っていることは無意識下へ押し込んでいましたが、ベールが剥がれました。
母への憎悪が沸き起こってきましたが、同時に母を憎んでいる私を見たくありませんでした。
しだいに母への怒りは、私の中でぐるぐるとめぐり、巨大になっていきました。
ブログや、手紙(実際に読んでもらうのではなく、自分の為に書いたもの)によって、吐き出したこともあります。
そう、せずにはいられなかった時期でした。
この頃、父の病状の事で母と電話で一度、話しています。
用件だけハイハイときいて、平静を装っていました。
あなたとは付き合いたくないという思いでした。

しばらくして、生き辛さの原因は母だったけれど、自分で自分を縛っているのだと気付いて、
(これはTATSUさんのマリア様の記事をりんりんさん経由で読んだ時だと思います)
一つ一つ、心から、自分で自分に許可を出してきました。
例えば、急がなくてもいい、休んでもいい。
いつもいつも、次にやるべきことが気になり、帰宅すると一息つく間もなく、家事に取り掛かっていました。
ふ~疲れた休みたい、と思っている自分に罪悪感を感じていました。
急げ、休むな、それは母から植えつけられた習慣で、目の前に母がいなくても、私を支配していました。
自分で自分に許可を出してからは、ずいぶん楽になりました。
母のことを怒ってもいいという許可も出しました、でも、尻込みしていたような気がします。
父のお見舞い、兼、帰省は、たぶんこの頃です。
母に怒りをぶつける勇気はなかったので、なるべく距離を置いて、平静を保っていました。
自分を守るための精一杯の行動だったと思います。

それからしばらくして、母へ着物を送ってくれと頼んだ時、
「どうせあんたは・・・」と言われ、母に直接文句を言いました。
自分を守るために、正しい相手に怒った、初めての経験だと思います。

すぐ後、父の法要で、また実家へ行った時、
実際に母が周りを操作しているのを目の当たりにして、指摘したい気持に駆られました。
私が受けてきた苦しみをわからせたい、そう思ったのですが、言葉になりませんでした。
それがまた、悔しかった。
当時は、違和感をまだ言葉にできなかった状態です。

それからしばらくして、母へ直接、でも遠回りに、あなたは操作していると訴えたことも数回あります。
母にその思いが届くはずもなく、惨敗。

そしてコミに参加。
暖かい記憶をたどっていくうちに、母への怒り再噴出、というより大噴火^^
ところが、どういう訳か、「もういいんじゃない」という気がしてきたのです。
怒りつくした感じ、出つくした感じでしょうか。

人を操作したい、知らずのうちに操作しても、苦しいだけです。
私がそうであったように、母も苦しいのだけれど、自分に原因があるとは思わず、自分を見ようとはしていないのだと思います。
いえ、私同様、苦しいことすら気付いていないかもしれません。

他人を意のままに操ることはできません。
思うような結果は得られず苦しいし、操作している自分に嫌悪を感じます。
だから、私はだれも操作したくない。
そうは思っていても、不慣れなもので、人を傷つけたり、失敗はしているでしょう。
気が付いたら謝ればいいし、謝れなかった自分も責めることは止めようと思います。
やっちゃったね、って一人で反省。

今日、母と話す機会がありました。
年が明けてから、夫の親戚から、遅くなったお詫びの手紙と香典が届いたのです。
喪主は母ですが、ウチに送られてきましたし、母の手を煩わせるまでもないかと思い、お礼状とお返しの品を私が代わりに送りました。
事後報告だけど(もう3週間くらい過ぎてます^^;)と母に電話をしたのです。
母から「ありがとう」と言われた時、素直に感謝の気持ちを受け取りました。
そして、「仕事は続いてるの?」の一言に、

家事は遊んでいるのと一緒(母の価値観で母自身も私も縛ろうとしている)
娘が働いていることで自分が安心できる(母自身の幸せが私にかかっている)

そんな母の心が読め、気付いてはいないかもしれないけれど、苦しいであろう母のことを責める気にはなれませんでした。
「最近は週に1日か2日ね」と答えたら、何もしないよりはよい、という返事が返ってきました。
予想通り^^

先の事はわかりませんが、母との関係は、一歩進んだと思っています。
電話を切った後は、すがすがしい思いがしていました。
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コメント
ちえさんへ
ちえさん、こんにちは。
先日は、拍手コメ、ありがとうございました。
大ちゃんが4回転ジャンプ転倒のあと、「ひきずらなかった」…のは、本当にすばらしかったと思います。
書きながら、「気持ちの切り替え」…これも、「執着を手放す」ことに、近いのかなと、思っています。

実は、今日、半年以上、音信不通にしていた母に、少しだけ会うことがあって、もう一度、ちえさんの、この記事を読ませてもらいました。
「怒りの大噴火」…わかります。
もう、自分でも、どうしようもない感じで…憎くて、憎くて、「どうしてくれるんだ!」「私の人生、返してくれ!」って。
でも、自分で憎みながらも、心の中は、気持ちがいいものではない…。
だけど、そういう時期も、きっと、必要だったんだと思います。
今、果たして、自分が、母への怒りを出し尽くしたのかどうかは、わからないのですが、何かしらの気持ちの変化があって、今日、会ったのだと思います。

母とは、世間話程度のことを、ちょこっとしてきただけなのですが、その会話の中で、「やっぱり、そう言うんやなぁ」と、思うことが、いくつもありました。
だから、ちえさんが書いてらっしゃる「予想どおり」という言葉に、思わず、笑ってしまいました。
母のことは、「もう、しょうがないか」…そんな感じです。

これから、母との間を、どうしたいのか…と、自分に聞いてみるのですが、以前のような、「べったり親子」に戻るのは嫌だし、「適度な距離」を保ちながら、「適当に」やっていけたらいいかなと。
この「適当に」というのが、できるようになったら、自分自身も楽になれるんだろうなと、思います。
ちえさん、母とのことを、振り返る機会をいただき、ありがとうです。

「目と目の会話」…「心が通じる」というのは、そういうことなのかも、しれないですね。
人と人にも、そういう感じ、あるのでしょうね。
「心が通じる」…私も、そういう感覚に出会いたいなと思います。
2010/02/23(火) 15:09 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 編集]
まるこさんへ
> 書きながら、「気持ちの切り替え」…これも、「執着を手放す」ことに、近いのかなと、思っています。
私も、そう思います。
それは、心から納得していないと、できないことなのだろうと思います。

私、にぎった物は何でも、持っていなければいけない、と思っているのです。
そうせざるを得ない状況で生きてきたからなのでしょうけど、いらないものを手放していくことは、自分にしかできませんね。
まずは、これからの生活で、新たににぎったものを手放す練習かな。

まるこさんが、この時期にお母様に会ったのも、何か意味があるのでしょう。
後で、わかるかもしれませんね。
私も、去年は、遠く離れた母になぜ何回も会うことになったのか、不思議です。
母への怒りも、また出てくるかも^^

何十年も付き合ってる母ですからね~、
>「やっぱり、そう言うんやなぁ」
ですよね^^
しょうがない思い、私にもあります。
今は、母に変わって欲しいとも思わないし、母が謝っても何も解決しないと思うのです。
行きつくところは、自分だなぁ。
心地よい選択というのが、全てを解決する魔法、まだよく知らないから魔法にしか思えないけど、そんな気がします。

目と目の会話って、そういえば、映画やドラマでは見ますね。
2010/02/25(木) 00:28 | URL | ちえ #-[ 編集]
ちえさんへ
お返事、ありがとうございます。
「にぎったものは、何でも持っていなければいけないと思う」…私も同じです。
何もかも、全部持ってないと、気が済まない…そんな感じです。
私は、自分のものだけじゃ、まだ足りなくて、人のものまで、取りに行こうとする…そんなところもあります。
自分でも、どれほど、「欲が深い」んだろうと、思うのですが、それが、今の「本当の自分の姿」だと、思います。
自分で、自分の「心を満たす」…その「感覚」がつかめるようになったら、気負うことなく、手放せるようになるのかな…。
それには、また、たくさんの「練習」が必要なのでしょうね。

私も、ちえさんと同じで、今は、母に変わってほしいとか、謝ってほしいとか、思わないのです。
母は、ずっと、これからも、今までの、今の母のままなのだと思うし、それは、それで、しょうがないかと(笑)
まだ、怒ってもいるのだけど、何だか笑ってしまえるような…不思議な気持ちです。
すべては、「自分の中」…なんですよね。

フィギュアスケート、いよいよ、明日が最終ですね。
昨日、ちえさん、とれっくさんも、見てらっしゃるかなぁと思いながら、見ていました^^
スケート、やっぱり、とても、すてきです^^
2010/02/25(木) 10:29 | URL | まるまるまるこ #aN9AbwgY[ 編集]
まるこさんへ
今日の女子フィギュアをライブで見入ってしまいました。
ものすごい緊張感、入賞者の演技は素晴らしかった~。
そのなかでも、楽しそうに滑っていたアメリカの若い選手2人が素敵だと思いました。

> 自分で、自分の「心を満たす」…その「感覚」がつかめるようになったら、気負うことなく、手放せるようになるのかな…。
そう、満たされていないから、「あげない」、「ちょうだい」になるんでしょうね。
その「感覚」が、どのようなものなのか、応援してくれる人はいるけれど、自分で感じとるしかないのですよね。

まるこさんは、お母様に笑ってしまえる、なんですね、パチパチ、拍手~。
私は、どうだろう、あきれてしまう感じ、です。
これから、どう変化していくでしょうね。
2010/02/26(金) 19:35 | URL | ちえ #-[ 編集]
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プロフィール

ちえ

Author:ちえ
49歳、既婚、夫、犬一匹と、広島県で暮らしています。

私自身の生きづらさがあり、AC回復のセッションを、2010年4月から「あなここ」で受けてきました。

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